よもぎは、2026年8月4日で30歳になりました。
1996年8月4日、午前3時41分。よもぎは、自分で呼吸しなければならない世界へ降り立ちました。その日から30年。うるう年も含めて、1万957日。
とはいえ、正直なところ、30歳になったという実感はあまりありません。
20歳のときには、社会の側から、「はい、ここから一つの節目です」と、分かりやすく線を引いてもらいました。お酒も飲めるようになりました。たばこも吸えるようになりました。国民年金の通知が来るようにもなりました。成人式という節目の行事もありました。
あれから10年。ひとまず酒税には貢献し、当時払っていた国民年金ではなく厚生年金を払うようになり、そしてたばこ税には貢献しない大人になりました。
30歳には成人式もありません。何かが新しく解禁されるわけでもなければ、市から「30代のお知らせ」が届くわけでもありません。朝起きても、いつもの部屋で、いつもの身体です。30歳になったからといって、突然「スーパーよもぎ」や「スマートよもぎ」にアップデートされるわけでもありません。
ところで、むかしむかし… といっても、名前はその頃から「よもぎ」でした。
ただ、今とは違うIDのもとに、ずいぶん荒れ果てたよもぎが生えていた時代があります。別人になったわけではありません。あの頃の根も、傷も、今のよもぎの地下に残っています。それでも、あの頃のよもぎが今を見たら、「まだ生えているのか」と驚くのだと思います。
何かの手違いか。本名はわりとよくある名前なので、別の同姓同名の人と取り違えているのか。あるいは、とうとう悪い薬にでも手を出して、ずいぶん長く、解像度の高い幻覚を見ているのか。
おそらく、そのあたりを疑うでしょう。それくらい、今のよもぎは、あの頃のよもぎにとって想像の外にいます。
枯れないことが先だった10代
10代の頃は、少々ひっちゃかめっちゃかな家庭環境でもありました。
自分が何になりたいのか、どこへ行きたいのかを考えるよりも、目の前で起きたことに対応し、ひとまず今日を終えることのほうが先だったように思います。植物に例えるなら、自分が何の植物なのかも、どんな場所が自分に合うのかも分からないまま、とにかく枯れずに根を残していたような時代でした。
ただ、あまり思い出すのも楽しい時代ではありませんので、このあたりは割愛します。詳しく語らなくても、ひとつだけ確かなのは、どうにか枯れずに20代まで生えてきたということです。
小さなプランターで根を張った20代前半
20代前半は、ひと言でいえば、「よもぎというものを安定させる時間」でした。
私はいろんな所で言っていますが、変化があまり好きではありません。10代がそういう感じだったからこそ、「昨日と同じ明日が来ること」に、何よりの安心を感じるようになりました。
昨日と同じ場所で目を覚まし、昨日と同じように仕事へ行き、昨日と同じ人と話し、大きな事件もなく一日が終わる。世の中では、それを退屈と呼ぶこともあるのでしょう。けれど、私にとっては、何も起きない一日こそが、ずっと欲しかった平穏でした。
20代前半は、ようやくそんな日々を手に入れ、「よもぎ」という雑草を小さなプランターの中で安定させていく時間だったのだと思います。
けれど、やはり世界は裏切ります。ようやく安心して根を下ろしたプランターが、土ごとひっくり返ってしまうのではないかと思うような、大嵐がありました。
何が一番大きかったのかを決めるのは難しいのですが、とにかく記憶に残っているのは、コロナ禍と父が亡くなったこと。
新型コロナによって、それまで当たり前だった日常が一変しました。昨日と同じ明日が来ることを何より望んでいたよもぎの外側で、世界そのものが、明日どうなるのか分からない場所へ変わってしまいました。
父については詳しく書き始めると、それだけで記事が一本できてしまうので、今回は割愛しますが、色々な大人の事情があり、父を見送るまでのことも、見送ったあとのことも、最終的には私が一人で進めなければなりませんでした。
悲しむより先に、決めることがある。立ち止まるより先に、片づけなければならないことがある。分からないことでも、私が動かなければ何も進まない。だから、調べて、決めて、動いて、ひとつずつ終わらせました。
プランターがひっくり返り、土がこぼれ、根がむき出しになっても、そのとき必要なことを、ひたすらやり続けただけでした。
そして振り返れば、その経験によって「分からなくても、自分がやらなければならないなら、ひとまず動く」という性質が、私の中に強く根づいたのだと思います。
広大な畑に移された20代後半
20代後半は、とにかく新しいことの連続になりました。きっかけの一つは、仕事です。
小さなプランターの中で、このまま静かに余生を過ごすのだろうと思っていたところ、会社から「パソコンに詳しいから」という、なかなか大ざっぱな理由で新しいプロジェクトに抜擢されました。
会社にとって未知。当然、私にとっても未知。「パソコンに詳しい」と勝手に決めつけられたものの、その仕事自体は完全に経験の外側です。
広く耕された畑の真ん中に、よもぎが一本、ぽつんと植えられたようなものでした。大まかな方針こそ上司が決めましたが、実際に手を動かすのは、ほぼ私一人でした。
私が動かなければ何も起きず、手を止めればそのまま止まる。だから、使うサービスのヘルプを読みあさり、分からないことを調べ、ひとまず試し、失敗すれば直す。それを繰り返しました。当然、そんな感じのトライアンドエラーを繰り返していたので、会社に損失を出してしまったこともあります。
ところが、ほとんどおとがめはありませんでした。これは、私にとってなかなか衝撃的な出来事でした。失敗しても、そこで終わりではない。 次に同じことを起こさないよう考え、もう一度試してもよい。そんな世界があるのだと、初めて知りました。そこで、よもぎは「試行錯誤」というものを覚えました。
失敗した瞬間に畑から引き抜かれるのではなく、次のやり方へ反映する機会を残してもらえたことは、大きな経験でした。
そんなわけで、仕事では、いくつもの「やってみたら、できた」を積ませていただきました。これが、大きな自信となりました。
自信を持った私はさらに大きな一歩として、台湾旅行へ出かけます。海外へ行くことはもちろん、飛行機に乗ること自体が初めてでした。言葉も違う。通貨も違う。何かあっても、いつもの場所へすぐ戻れるわけではない。
以前の私なら、不安な理由をいくつも並べて、プランターから出ないことを選んでいたと思います。けれど、分からないことは調べればよい。 困ったら、その場で考えればよい。そして、やってみれば案外なんとかなる。
仕事で覚えた試行錯誤を、自分の人生にも使ってみることにしました。結果として台湾旅行は、仕事の外でも「やってみたら、できた」と思えた、大きな経験になりました。
さらに、これはみなさんの目にも見えるところですが、自信を積んだ私は、「もふもふだら?」を始めました。会場を借り、人を集め、お金を預かり、参加してくださる方が安心して楽しめる一日をつくる。
もちろん、イベントの開き方を知っていたわけではありません。それでも、分からないことは調べ、まずやってみて、うまくいかなかったところは次に直す。仕事で覚えた「試行錯誤」を、今度は自分でつくる場所にも使ってみました。
自分を枯らさないことで精いっぱいだったよもぎが、いつの間にか、誰かを迎えるための土まで耕すようになっていました。
そしてなによりも、自分のために時間を費やしてくれる人が、思っていた以上にたくさんいるのだと知りました。
以前の私にとって、人に頼ることは、ほとんど御法度でした。こんな雑草のために、誰かの手を煩わせてはいけない。自分のことは、自分だけで何とかしなければならない。そう思っていました。
けれど実際には、困ったときに手を貸してくれる人がいて、分からないことを一緒に考えてくれる人がいて、私のために、その人自身の時間を使ってくれる人がいました。
それに気づいたときは、なかなかのカルチャーショックでした。
迷惑をかけないことだけが、人との関わり方ではない。頼ることも、頼られることもできる。20代後半になって、ようやくそんな当たり前を知りました。
「よもぎ」は雑草である
ところで、ニックネームとして使っている「よもぎ」。その辺に好き勝手に生えているぶんには、なかなか厄介な雑草です。
地下茎を伸ばし、抜いたと思っても、気づけば別のところからまた顔を出します。繁殖力も強く、放っておけばどんどん広がります。しかも、アレロパシーと呼ばれる作用によって、周囲の植物の生育にも影響を与えるそうです。まさに、私、「よもぎ」みたいな感じではないかな、やはり神様はどこかで見ているんだな、なんてふと思うときがあります。
けれど、きちんと使えば薬草にもなります。草餅の材料にもなりますし、人の暮らしの中で、さまざまな用途に使われてきました。勝手に生えていれば邪魔者なのに、使い方次第では、人の役に立つこともある。ずいぶん都合のよい植物です。
心配をかけたことも、面倒を増やしたことも、知らないうちに、誰かの場所や光を奪ってしまったこともあったかもしれません。この場を借りて、お詫び申し上げます。ただ、厄介な雑草の性質も、使い方によっては、しぶとさや行動力になる。
そのことを知れたのは、20代のよもぎにとって大きな出来事でした。
これからの「よもぎ」
「昨日には戻れない 明日はすぐそばに」という歌詞があります。
昨日まで生えていた土へ、根をそのまま戻すことはできません。失ったものも、離れていった人も、やり直したい出来事もあります。こうしていれば、人生は180度違ったのでは、そんなことを考える日もあります。
それでも、明日はすぐそばに、頼んでいなくても向こうから近づいて来ます。
以前のよもぎにとって、未来とは、なるべく何も起きずに今日と同じ日が続いてほしいと願うものでした。
けれど、いくつもの「やってみたら、できた」を重ね、少しだけ自信を持てるようになった今は、まだ知らないこと、やってみたいこと、行ってみたい場所が、たくさんあります。明日が今日と違うことを、以前ほど怖いとは思わなくなりました。
もちろん、30歳になったからといって、急に立派な薬草へ品種改良されるわけではありません。30歳になっても、たぶん相変わらず「ぼっこ」です。頼まれていない場所へ根を伸ばし、自分で仕事を増やし、ときどき周囲を困らせる、だいたいいつものよもぎだと思います。
それでも、ぼっこなりに、まだ見たことのない土へ、もう少し根を伸ばしてみたいと思います。
ここまで枯れずに生えてこられたのは、よもぎに水をくれた人、広い畑へ引っ張り出してくれた人、一緒に土を眺めてくれた人、そして、よもぎが耕した場所へ足を運んでくれた人がいたからです。
長々と書きましたが、これまで関わってくださった皆さま、本当にありがとうございます。
30歳になったよもぎも、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。